2013 |
10,09 |
TRPG、クトゥルフの呼び声で使用したキャラの前日譚です。
多分続く
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コティングリー妖精事件。
いつ聞いたのかは思い出せないが、イギリスの田舎町で起きた事件の名前だったことは覚えている。
幼い姉妹が撮った幼稚なイタズラの写真が、かのコナン・ドイルすらも騙したという事件だったか。
だが日本の、イギリスに縁も何も無いこの路地裏で、この文字を見ることになるとは思わなかった。
多分続く
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コティングリー妖精事件。
いつ聞いたのかは思い出せないが、イギリスの田舎町で起きた事件の名前だったことは覚えている。
幼い姉妹が撮った幼稚なイタズラの写真が、かのコナン・ドイルすらも騙したという事件だったか。
だが日本の、イギリスに縁も何も無いこの路地裏で、この文字を見ることになるとは思わなかった。
大通りに申し訳程度に繋がる路地の先、他のと代わり映えの無い商用ビルの一つの前に、一人の男が佇んでいる。
質素なスーツの上から薄手のコートを羽織り、左手には革製の鞄持ち、右手には小さいカードを持っている。
温和そうな、少し垂れ気味の男の目は名刺と目の前のビルの階層案内を怪訝そうに見比べていた。
【3F コティングリー探偵事務所】
少しマイナーな文化史やオカルトに足を突っ込んだ人間ならば、その探偵事務所が掲げている名前の由来が分かっただろう。
男はその由来を知っているのか、腑に落ちないとでも言いたげに看板の文字を視線でなぞる。
4・5回ほど視線を往復させると、男は諦めたのか意を決したのか、狭く急勾配な階段を登りはじめた。
小さな会計事務所と物置への扉を追い越し、狭い踊り場を抜けると、コンクリートの壁には似合わない木製のドアが現れた。
ちょうど男の目線より少し低い位置に【コティングリー探偵事務所】と刻印され、その下には時代錯誤な銀色のドアノッカーが下がっている。
彼はドアを素手でノックすべきかドアノッカーを使うかで一瞬悩み、銀色の輪を摘むと勢い良くドアに叩きつけた。
かんかん、と重厚な見た目にそぐわない軽い音が響く。高いノック音が階段に反響し、出口の方へと逃げてゆく。
「お待ちしておりました、どうぞ中へ」
涼やかな声と共にドアが開いた。
- - - - -
洗面台の前で、一人の女性が鏡に頭をぶつけそうになるほど身を乗り出して、自身の髪を結び直している。
滑らかな金髪は彼女の白い指とシュシュの間を幾度と無くすり抜け、彼女の華奢な肩へと止まる。
3度めの失敗に彼女は青い眼を細めてため息をつくと、握りしめていた紺色のシュシュを乱暴に洗面台の横に投げ出した。
「あーもう!なんでこういう日に限ってヘアスプレー忘れちゃうんでしょうねえ」
高い声で吐き捨てるように言うと、今度は自身の着ているシャツの皺を伸ばし始める。
まるで恋人とのデートに向けて準備するかのように、くるくると回り服装に汚れがないか何度も確かめた。
「大切な日ってのはそういうものよぉ」
少し離れた給湯室から、歳を重ねた落ち着きを纏った声が応える。
「そうは言っても……せっかくの大口依頼なんですし、完璧にしたいじゃないですか」
幼い子どものように唇を尖らせ、女性が言う。
そしてそのまま鏡に向きあうと、柔らかそうな唇に淡い色の口紅を塗り始めた。
「あらあら、メイちゃんはそんなに気合いれなくたっていつでもかわいいじゃない」
給湯室から響く薬缶の湯が沸騰する音に被せるように、声が笑った。
「それとこれとは別なんですよ」
メイちゃん、と子供のように呼ばれた女性は、身だしなみの準備が整ったと言わんばかりに鏡の前で胸を張った。
鏡から視線を外し、少し離れた壁にかかっている時計へ目を向けた。
長針は丁度12を、短針は3を指している。
「あと5分ですね」
誰言うとでもなく、女性が呟く。
すると給湯室の出入口から、ふくよかな、言い換えればいかにも『近所のおばちゃん』といった女性の顔が覗く。
「あらあら、もうそんな時間?3時半じゃなかった?」
「いえ、丁度3時の予約だって言ったのは桜井さんじゃないですか」
「そうだったかしら」
桜井、と呼ばれた女性の顔は再び給湯室へ引込んだ。緑茶の缶を開ける金属音と、急須や茶碗の鳴る音が微かに響く。
故意に5分進められた時計を一瞥すると、女性は洗面台の前を離れ、背筋を伸ばしたまま応接間へと足を運んだ。
周囲の雑ビルのせいで大分日当たりは悪いが、壁紙や置いてある椅子やテーブルの色合いのおかげで、なんとか明るく清潔感のある空間を保っている。
部屋の真ん中に置かれたテーブルと革張りのソファの横を通り、窓際のデスクへと向かう。
デスクの上に放置されていた名刺入れの中身を確認し、パンツスーツのポケットへと滑り込ませた。
屋外から入り込んでくる室外機の駆動音や車のエンジン音に紛れて、狭く急な階段を注意して登るような足音が響く。
「さて、やりますか」
大きく深呼吸をすると、この事務所の主であり探偵でもある彼女、メイベルは事務所の出入口のドアを見据えた。
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